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本日は3年前に頬骨再構築法をお受けになられた患者さんの症例紹介です。
 
頬骨の張りを減少させる方法として大きくわけて3種類あります。
 
1.頬骨を削る方法・・・・・ まさに頬骨削りの文字通りの方法です。 特殊な電動機械を用いて頬骨を削りますが削り幅はあまりたいしたことはなく頬骨のでっぱりが強めの人には適しません。 もちろん時間をかけて削れば削り幅を増やすことは不可能ではないですがモーターが焼け付く可能性があるため削り幅に限度があります。
 
2.頬骨アーチリダクション=頬骨弓前後骨切り術(頬骨弓を切り落とす方法)・・・・ 多くの形成外科医が行う頬骨弓に対する術式です。頭頂部より頭皮を剥がして頬骨にアプローチするか、口腔内と耳前部よりアプローチし頬骨弓を切り落とす方法です。 
3.頬骨弓の形態そのものを再構築する方法【再構築法(勝間田法)】・・・・ ライフクリニックの勝間田先生が昭和50年後半から60年前半にかけて十仁病院にて研究開発された手術法で頬骨を細分化して再配列、再構築する方法です。 
他の方法で効果がなかった多くの患者さんがこの方法を求めて勝間田先生のところへいらっしゃっています。 歴史ある十仁美容外科の伝承者の一人である勝間田先生が最近日々の臨床を公開開始してくださいました。 勝間田先生のブログはこちらよりご覧いただけます。
 
 
 
 
 
 
上段:術前です。
下段:術後約3年再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
後遺症等もなく順調な経過です。
 
術後3年を経て、もみあげ内のキズは執刀した私もわからないぐらいにきれいになりました。
今度は頬の前方をもっと削りたいとのご希望があり私からみて特に必要がない旨をお話しましたがどうしてもやりたいとの強いご希望にて頬骨前方削りの手術を行うこととなりました。
 
私の行う頬骨再構築法のデメリット
1.効果がありすぎて希望よりも凹んだ状態に感じる場合がまれにあります。 その際は脂肪移植等のメンテナンスが必要になるかも知れません(今まで一人だけいらっしゃいます)。
2. 顔面神経側頭枝麻痺(おでこに皺を作ることができなくなる)の可能性があります。現在半永久的に麻痺が残った方はいませんが改善まで最長8ヶ月を要した方がいらっしゃいます。
3.再構築した骨が再度レントゲンやCTにて写るようになるまで十分に骨化するのに半年から一年以上を要します。また人によっては時間を経てもレントゲンやCTにてうつらない場合もあります。その場合でも後遺障害はありません。 しかしこの術式を知らない医師が画像をみるとびっくりするかもしれません。
 
先日お心遣いをいただきました。


ありがとうございます。 どうか御気を遣わないで下さい。

2009-03-29

今日は1933年 に日本が国際連盟に対し正式に脱退を通告した日になります。
1919年2月13日当時常任理事国であった日本が提案した人種あるいは国籍如何(いかん)により法律上あるいは事実上何ら差別を設けざることを約すと言う条項、いわゆる「人種差別撤廃条項」を廃案した国連において1933年日本軍の満洲撤退勧告案が採択され日本全権大使・松岡洋右が連盟脱退を宣言し退場 した2月24日から約1ヶ月を経ての正式脱退通告となりました。
 
 
本日ご紹介の患者さんは顎先のうめぼし様のシワが気になるとのことで顎先うめぼし改善術をお受けになられた患者さんです。
 
上段:術前です。
下段:術後約3週間再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
順調な経過です。
 
先日お心遣いをいただきました。
ありがとうございます。どうか御気を遣わないでください。
2009-03-27
今日は1945年 硫黄島にて最後まで米軍に抗戦していた栗林忠道配下の部隊が玉砕した日になります。同日米軍が沖縄の座間味島に上陸をしました。 よって今日は硫黄島玉砕の日であり米軍による沖縄に対する鉄の暴風雨攻撃の始まりの日になります。
沖縄戦では日本側の死者・行方不明者は18万8136人で、沖縄県出身者12万2228人のうち9万4000人が民間人とされています。
当時の沖縄県の人口は約45万人と推計されており、少なくとも人口の3人に1人が死亡したことになります。
アメリカ軍は艦艇数1500、兵員54万8000人(うち上陸部隊18万人)の沖縄攻略部隊を組織し沖縄の侵略にむかってきました。
沖縄は戦後アメリカの支配下におかれ日本に返還されるのは1972年5月15日まで待たなければなりませんでした。
 
 
今回ご紹介の患者さんは顎先を小さくしたいとのご希望にて顎骨骨切り術をお受けになられた患者さんです。
 
上段:術前です。
下段:術後1年5か月再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
満足!とのご感想で順調な経過です。
 
先日お心遣いをいただきました。
ありがとうございます。 どうか御気を遣わないでください。
2009-03-26
本日ご紹介の患者さんは顔面変形に対し下顎骨骨切り術(IVRO+SSRO)(恩賜財団 済世会横浜市南部病院にて)をお受けになられた患者さんです。
 
術前です。
術後です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)




すなわち術前の咬合は下顎が突出しており、正中があっていません。
この状態は顎変形症であり顔面の骨格から治療しなければ笑顔が美しくなりません。
矯正歯科、口腔外科のコラボレーションによって術前矯正、術後矯正を行うことによって自己の正しい咬合を回復し健康的で美しい表情を得ることができます。

輪郭手術のご相談において咬合の問題がある場合は私のモットーは「健康的に美しく」なので私の美容外科をご理解してくださる矯正歯科、口腔外科に紹介または共同治療を行うようにしています。

私が患者さんに紹介する矯正歯科および口腔外科の先生は私が一流の先生を探し求めて数々の先生方の紹介の紹介からたどり着いた先生方であり何十〜何百時間も臨床の現場を一緒にさせていただき私自身の目でその腕の確実さを確認させていただいた結果実際に一流の腕をもつことを保証できる先生方です。(私の外科医としてのモットーは「その臨床医のほんとうの臨床の腕は一緒に汗をかかないとわからない」です。今までの自分の外科医としての経験から肩書きや経歴では実際の臨床の腕はわからないと考えています)

しかも自由診療も廉価に行ってくださる先生方です。 
また顎変形症の場合は健康保険がきくケースもあります。

輪郭、咬合を複合的にお悩みの場合はご相談いただければ幸いです。

2009-03-15

本日ご紹介の患者さんは顎骨骨切り術をお受けになられた患者さんです。
 
上段:術前です。
下段:術後約3週間再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
「アゴは短くなった感じでうれしいのですがホホのコケが気になりだしました。
右アゴは感覚ありですが左アゴはまだないです。 早く良くなるといいなぁという感じです。」
 
との御感想で総合的には「満足!」とのことでした。
 
頬のコケは脂肪移植やヒアルロン酸で改善が期待できるでしょう。 またの再診をお待ちしております。
 
 
 
 
顎骨骨切り術のリスク
 
・アゴ骨の手術には一時的なオトガイ神経麻痺は必発です。
 
・オトガイ神経麻痺は通常、時間経過とよくなっていきますが半年〜1年経ても一部麻痺が残存する可能性はあります。
 
 
先日お心遣いをいただきました。


ありがとうございます。 どうか御気を遣わないでください。

2009-03-13

今日は104年前の1905年に日露戦争の奉天会戦で日本軍が勝利した日です。それを記念して陸軍記念日が制定されました。 
 
64年前の1945年 のこの陸軍記念日に東京大空襲が米国によりなされました。8万人以上(10万人ともいわれる)が犠牲になり、焼失家屋は約27万8千戸に及び、東京の3分の1以上の面積(40平方キロメートル)が焼失しました。
爆撃の方法も日本家屋を焼き国土を焦土とするため焼夷弾(しょういだん)を用い左右を先に爆撃して炎の壁をつくり、その間に避難して炎に挟まれた群集を、後続の爆撃機でその炎の壁の間を爆撃して焼き殺すという戦法が採用されました。この東京大空襲で余った焼夷弾を落としていった空襲が平空襲(たいらくうしゅう)(福島県いわき市平)となります。 この平空襲では材木町、鍛治町、研町、紺屋町、梅本一帯が焼かれ死者12名、家屋500戸以上が炎上という被害がでました。
 
この一連の民間人無差別大量虐殺の立案、指揮をしたのが第21爆撃集団司令官カーチス・エマーソン・ルメイいわゆる鬼畜ルメイとなります。
大東亜戦争終戦後ルメイは戦略爆撃に精通し、また日本の防空体制の弱点(夜間防衛)を把握していたため日本の航空自衛隊創設に関与。1964年その功績により、日本政府より1964年勲一等旭日大綬章を授与されています。
 
第21爆撃集団司令官の前任者ヘイウッド・ハンセルが軍事施設にポイントをなるべく絞って精密爆撃を行っていたのに対し後任のルメイは無差別大量虐殺日本焦土作戦を行ったのにもかかわらずルメイに対し勲一等旭日大綬章を授与した当時の日本政府の判断に首を傾げざるをおえません。
国辱的行為だと思います。
 
 
また今日は1959年3月10日にチベット民族蜂起の日になります。 
 
 
本日ご紹介の患者さんは頬骨再構築法、頬脂肪吸引をお受けになられた患者さんになります。
 
上段:術前です。
下段:術後約10か月再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
「下からみてほほ骨の張りが減り大変うれしいです。」とのことで順調な経過です・・といいたいところですが予約を待ちきれず他院にて昨年の10月にフェイスリフトをお受けになられたとのことでした。
また他院で手術した鼻の傷も気になるとのことでした。
 
他院フェイスリフト術後約5か月です。
耳の後ろの傷になんだか虫卵みたいなできものができていましたので手術をお受けになられたクリニックにてアフターケアをお受けになられることを強くお勧めしましたがどうしても私にての加療を希望するとのことでしたので加療することとしました。
 
他院糸のみによる小鼻縮小術術痕です。


キズだけのこって元に戻ったとのことでした。
皮下トンネルに垢が溜まって穴から突出してきています。 手術をお受けになられたクリニックにてアフターケアをお受けになられることを強くお勧めしましたがどうしても私にての加療を希望するとのことでしたので加療することとしました。


基本的に手術のアフターケアは手術をお受けになられたクリニックで行うのがベストです。
美容外科や形成外科に従事する医師の中には政治的に対立する医師の術後創ケアに関しては「これまでの創に関しては前医の責任だから貴方が弁護士に相談してからならば当院でその後診る。」と前医と患者の信頼関係を破壊して法的紛争に放り込み、自分のその後の創処置の法的安全を担保してから診る医師や、「他院で処置した? では当院ではその後は一切責任負えないので悪しからず」と責任逃れしてしまう医師が多々います。 扶氏医戒之略(ふしいかいのりゃく)を日本人医師の倫理規範と考えている自分としては自分の立場の安全を確保するため前医と患者を法的対立関係に放り込むのは医師として反倫理的行為だと思いますが、確かに他医で処置をされてしまうとその後の責任が負えなくなるというのは理解できます。 よってその医師を信頼して手術をうけた以上はアフターケアも信頼して受けていただきたく思います。
裏を返せばアフターケアを信頼してうけることができなさそうであれば手術をうけないにこしとことはありません。 手術はその場限りで終わるものとは限りません。 人体の複雑性、多様性は一外科医の短時間の関わりで100%コントロールできるものではないからです。

2009-03-10

1942年 の3月9日はインドネシアのオランダ軍が日本に降伏した日になります。 17世紀のオランダ東インド会社の覇権から始まるオランダによるインドネシアの支配はこの日をもって瓦解しました。
日本はインドネシア独立の指導者であるインドネシア人を獄中から救出し祖国防衛義勇軍(ペタ)を編成させ独立戦士を養成させ、高度の軍事教育を施しました。1945年、日本が降伏すると独立派は独立宣言(なおこの独立宣言の日付には西暦ではなく、日本の皇紀が採用されています。)を行い、独立宣言を黙殺し再植民地化を狙いインドネシアに戻ってきたオランダ軍とインドネシア独立戦争を戦いました。 この戦いを題材にした映画がムルデカ(インドネシア語で「独立」という意)(東宝映画)になります。
 
本日は頬骨アーチリダクション=頬骨弓前後骨切り術をお受けになられた患者さんの症例紹介です。
 
内容は頬骨(きょうこつ)の張りを減少させる手術となります。
 
この頬骨の張りを減少させる方法として大きくわけて3種類あります。
 
1.頬骨を削る方法・・・・・ まさに頬骨削りの文字通りの方法です。 特殊な電動機械を用いて頬骨を削りますが削り幅はあまりたいしたことはなく頬骨のでっぱりが強めの人には適しません。 もちろん時間をかけて削れば削り幅を増やすことは不可能ではないですがモーターが焼け付く可能性があるため削り幅に限度があります。
 
2.頬骨アーチリダクション=頬骨弓前後骨切り術(頬骨弓を切り落とす方法)・・・・ 多くの形成外科医が行う頬骨弓に対する術式です。頭頂部より頭皮を剥がして頬骨にアプローチするか、口腔内と耳前部よりアプローチし頬骨弓を切り落とす方法です。 
 
3.頬骨弓の形態そのものを再構築する方法(再構築法(勝間田法))・・・・ ライフクリニックの勝間田先生が昭和50年後半から60年前半にかけて十仁病院にて研究開発された手術法で頬骨を細分化して再配列、再構築する方法です。 
他の方法で効果がなかった多くの患者さんがこの方法を求めて勝間田先生のところへいらっしゃっています。
 
 
本日ご紹介の患者さんはカウンセリングの結果2.の頬骨アーチリダクション=頬骨弓前後骨切り術をご希望され手術をお受けになられました。
 
 
上段:術前です。
下段:術後約1か月再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています。
御満足ということで順調な経過です。 輪郭手術の完成は半年後になりますのでまだまだ輪郭はしまっていくでしょう。
 
 
頬骨アーチリダクション=頬骨弓前後骨切り術のデメリット
1.効果が再構築法よりややマイルドです。  
2. 前後で切り落とされた頬骨弓の位置が不具合にずれると体表に凹みを生じたり顎が開きにくくなる原因になります。
3.手術手技の操作上、眼窩下神経障害が生じ上口唇周辺に痺れが生じる可能性があります。
  本件(眼窩下神経障害)に関しては医療訴訟が提起され(大阪地方裁判所 平成16年(ワ)第14008号 損害賠償事件 平成17年12月19日判決)医師側の注意義務違反、説明義務違反がいずれも否定されています(医師側勝訴)。 奇遇にも本裁判の当事者の先生のお話を聞かせていただく機会があり本件は最高裁まで争われ、結局医師側の注意義務違反、説明義務違反がいずれも否定されているそうです(医師側勝訴)。
後から後悔しないためにもそれぞれの手術方法のメリット、デメリットを担当医とよく相談し自分にとってどのデメリットがうけいれることができてどのデメリットがうけいれることができないか良く判断してから手術方法を決めるのが良いと思います。 デメリットが全くない方法があればよいのですがそのような魔法のような方法は残念ながら外科手術においてはありません。
 
先日お心遣いをいただきました


ありがとうございます。 どうか御気を遣わないでください。

2009-03-09

本日御紹介の患者さんは他院での頬骨アーチリダクション術により頬骨の陥没、容貌の左右差を主訴に御来院された患者さんです。
 
 
外観上頬骨の陥没および左右差を認めます。
頭蓋骨上の頭皮を一周して切って頭皮を剥がし頬骨にアプローチし頬骨弓の前部と後部で骨切り術を行う(アーチリダクション:頬骨弓前後骨切り術)術式でなされたようでありキズ痕に一致して頭に一周した禿痕ができてしまったとのことです。
なぜ頬骨の出っ張りを改善する程度の美容外科手術でまるでCrouzon病の頭蓋骨を手術するような術式が選択されたのか理解不能です。
 
通常のアーチリダクションなら口腔内の傷と耳前部のもみあげ内に0.5cm〜1.5cm程度の傷
再構築法なら耳前部のもみあげ内に約1.5cmの傷のみで済みます。
 
高額な手術費をかけてまるで脳外科手術を受けたような頭内全周にわたるハゲたキズが残りしかも頬骨が陥没したら誰でも辛いはずです。
 
しかし、ここで執刀した医師を責める気はありません。 執刀医は最善を尽くすべく努力されたはずであり、また、それぞれの事情があったはずであり、「後医は名医」の格言どおり後医である私が前医の言い分を検証せずに批判することは卑怯ですらあるからです。
 
ただこの手術をお受けになろうと考えていらっしゃる方々には手術を受ける前に熟慮していただきたいと思います。 安易な宣伝等にのせられてはいけません。 医療行為は必ずなんらかの合併症が生じる危険性がある行為であり安易にメスをいれることは厳に慎むことです。また特に美容外科においては執刀することにより医師に利益がはいるため残念ながら必要ない手術まで勧められる可能性も十分あります。
 
 
前医での改善手術はご希望されなかったので当院で修正処置を行うこととしました。
上段:術前です。
下段:修正術直後です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧してます)

アパタイト(カルシウム)による修正術を行っています。
術後の腫れが落ち着けば順調な経過になるでしょう。

土曜日、日曜日と参加したタイのチェンマイ大学におけるセミナーには香港、台湾、シンガポール、韓国、日本からの医師達が集っていました。 日本人は以前私が勤務したことがある美容外科の先輩医師にあたる先生がいらっしゃっていました(私がいたときにはすでに他のクリニックに移動されていたので直接は存じ上げておりませんでした)。 土曜日はチェンマイ大学をあとにしホテルについてから夜の9時からふと気がついたら午前3時までぶっ通し6時間もホテルの入口でその先生と語り様々なことを教えていただきました。 土日の解剖でも二人で何体もご一緒させていただき骨膜下フェイスリフトなどのKnack & Pitfallsを教えていただきました。
外国で日本のサムライ美容外科医にお会いできた奇遇に感謝します。

以前のフィリピンでの解剖もそうでしたがアメリカや日本での解剖と異なり心に切なくくるものがありました。

学ぶ機会を与えてくださったタイの方々、そして関係者各位様 ありがとうございました。

2009-03-08

今日は今から101年前の1908年 に米国への日本人移民に関する日米紳士協約が締結された日です。その24年後の1932年 に日本が満洲国独立を宣言した日でもあります。
 
1893年、サンフランシスコの市教育委員会は市内の公立学校は日本人生徒の入学を拒否するべきという決議をしました。この決議は当時の日本領事珍田捨巳らの運動によってなんとか取り消されましたが、日本人排斥の動きはその後も活発になっていきました。
1901年、カリフォルニア州とネバダ州の州議会が「日系移民を制限せよ」との建議書を中央議会に送りました。1905年にはサンフランシスコに「日韓人排斥協会(The Japanese and Korean Exclusion League)」が組織され(のち「アジア人排斥協会(The Asiatic Exclusion League)」に改名)、日系移民に注がれる視線はいよいよ厳しさを増していきました。
1906年、またしてもサンフランシスコ学務局で日本人生徒を公立小学校から隔離し、中国人学校に編入させるという決定がなされました。
1907年3月、ルーズベルトは大統領令(Executive Order)を発布、ハワイ・メキシコ・カナダからの日本人の転航移民を禁止するとしました。この大統領令の背後にはサンフランシスコの学童隔離問題は結局のところ排日世論が形をとったものであり、移民制限をするしか解決策がない、と米国政府が考えていた事によるとされています。
 
アメリカにおける日本人移民排斥の動きが日本の体面を傷つけることを恐れた日本政府は1908年、日米紳士協約(Gentleman’s Agreement)なる取り決めを米政府と結ぶこととなります。
 
一般の観光旅行者や学生など以外の日本人にアメリカ行き旅券を発行しない、すなわち日本人労働者にパスポート発行を停止するという協約でした。
 
この協約と引き換えによりルーズベルトは日本人児童隔離命令を撤回させます。
 
しかしその後も1913年カリフォルニア州ではいわゆる外国人土地法が成立し日本人移民は土地所有が禁止され1924年5月26日にはいわゆる排日移民法が米国連邦議会で審議され成立しました。その5日後の5月31日、赤坂のアメリカ大使館脇で、ある日本人が抗議の割腹自決をしています
 
アメリカが連邦レベルで移民・帰化関連法規を改正し、人種的制限を撤廃するのは大東亜戦争終結7年後の1952年、カリフォルニア州で人種による土地所有・賃借の制限が消滅するのは大東亜戦争終結12年後の1957年のことでした。
 
1919年2月13日国際連盟規約委員会にて当時常任理事国であった日本が提案した人種あるいは国籍如何(いかん)により法律上あるいは事実上何ら差別を設けざることを約すと言う条項、いわゆる「人種差別撤廃条項」が採択されていたら歴史は大きく変わっていたかもしれません。
 
ペリーの開国要求から始まり尊厳を踏みにじられ続けて当時の多くの日本人の深層心理が「対米決戦やむなし」と思っていたと思われます。それが大東亜戦争開戦の判断をさせた一遠因になっていたことでしょう。
 
 
 
 
本日ご紹介の患者さんは他院にて頬骨骨切り術をお受けになられた既往があり、ご希望としては頬骨の前方から側面にかけての張り出しを改善したいとのことで頬骨前方削り術をお受けになられました。
 
上段:術前です。
下段:術後1週間再診時です。(写真はSBM承諾を得て供覧しています)


術後一週間で腫れておりまだ効果はこの時点ではわかりません。

その後再診にいらしてはおりません。 便りがないのは良い便りと信じたいですが、検診は重要なのでまたの御来院をお待ちしております。

2009-02-18

今日は1945年 に 米英軍による独逸のドレスデン無差別爆撃大空襲の日です。爆撃でドレスデンの85%が破壊され、3万とも15万とも言われる一般市民が死亡しました(3月10日の東京大空襲では8万〜10万人死亡)。第二次世界大戦中に行われた都市に対する空襲の中でも最大規模のものといわれています。
 
ドレスデンには目だった軍施設もなく、「エルベ河畔のフィレンツェ」の別名のとおりドイツ最高のバロック様式の美しい街並みと数多くの文化財が知られており、人々はドイツの中でも“ドレスデンだけは空襲に逢うことはない”と信じていました。また無防備都市宣言をしていたため、ドイツ軍も空襲に対してはほとんど無警戒であり高射砲などの兵器は備えていませんでした。
 
この無防備都市宣言とは1899年、ジュネーヴ条約追加第1議定書の規定の前身にあたるハーグ陸戦条約の第25条に「無防備都市、集落、住宅、建物はいかなる手段をもってしても、これを攻撃、砲撃することを禁ず」と定めらたものから由来しています。
 
2月14日がくるたびにドレステン大空襲、東京大空襲、広島長崎原爆投下等無差別大量虐殺を組織的に行った連合軍が極東軍事裁判で日本に対して一方的な諸判決を下した理不尽さを思い出さずにはいられません。
 
 

本日ご紹介の患者さんは14か月前に顎骨骨切り術を、12か月前に下口唇縮小術をお受けになられた患者さんです。

上段:術前です。
下段:再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
11か月ぶりの再診にいらしてくださいました。
花丸御満足ということで順調な経過です。
 
お心遣いをいただきました。


深謝いたします。どうか御気を遣わないでください。 

遠路はるばる意を決して御来院され手術をお受けになられていた術前術後の頃を私も思い出しました。一年後の現在は第二の人生を歩み始められ御幸せになられているとの報告がてら再診に来てくださり感無量です。


私もあなたのことは一生忘れないでしょう。 幸多き人生を願っています。

2009-02-14

今日は142年前の1867年 明治天皇が天皇に即位された日です。
 
 
本日ご紹介の患者さんは数年前他院にてある部位の顔面骨切り術や約1年前に他院にて約150万円かけて額を引っ込める手術をお受けになられた既往がある患者さんです。 今回、額の骨切り手術の結果に満足できずもっと骨切り、削りを行いたいとのご希望にて私のカウンセリングにいらっしゃいました。
 
診察所見上確かに額は垂直にきりたっていますが特段変な風貌でもありませんし、かなり私も強固に反対申し上げましたが「どうしても!」とのご希望にて額をひっこめるべく頭蓋骨骨形成術を行いました。
 
上段:術前です。 気になるでっぱり箇所を赤線で強調しています。
下段:術後1週間再診時です(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
今までの数回の他院での顔面骨切り術では感じ得なかったというあまりもの効果の実感に 「もっと(当院を)早く知ってれば良かった!」とのことですが、手術をあなどることなかれ  手術は受けないに越したことはないことをお伝え申し上げます。
 
人間万事塞翁が馬 。 私の手術を受けて後悔なさっている方だってきっといるはずです。
医学は万能でなく医者は神様ではありません。 「身体髪膚(しんたいはっぷ)これを父母に受く、敢えて毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり」という言葉をかみしめ安易に手術をお受けになられないようにお願いします。
 
 
先日ずいぶん御無沙汰されていた患者さんからお心遣いをいただきました。


ありがとうございます。 でも久しぶりに予約なしでいきなり再診にこられるよりもきちんと予約通りに再診にきてくださるほうがうれしいです。 診察にこられてもお待たせしてしまうことが多々あることはお詫び申し上げます。 よろしくお願いします。

2009-02-03

今日は1972年 に1月24日にジャングルで発見された横井庄一氏が日本へ帰国した日です。
 
本日ご紹介の患者さんはえら骨骨切り術をお受けになられた患者さんです。
 
上段:術前です。
下段:術後6か月最新時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
もっと骨切りして差し上げたかったのですが下歯槽神経管ギリギリラインを考えるとここらへんが安全域であろうと判断したラインで骨切りを施術しました。 神経麻痺のリスクがかなり高くなってももっと切りたいとのことでしたらもう一度メスを握って差し上げても構わないと思いましたが現在のところこれで「まあ満足」とのご感想故順調な経過です。
 
先日お心遣いをいただきました。


ありがとうございます。 どうか御気を遣わないでください。

2009-02-02

今日は大東亜戦争終戦後3年目である1948年 に三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の孫娘である 沢田美喜が大磯に混血児救済施設「エリザベス・サンダースホーム」を開設した日です。
ホームは、戦後日本占領のためにやってきたアメリカ軍兵士を中心とした連合軍兵士と日本人女性の間に強姦や自由恋愛の結果生まれたものの、両親はおろか周囲からも見捨てられた混血孤児たちのための施設でした。
このエリザベス・サンダースホームからは2000人近くの混血孤児が育ちました。沢田美喜氏はホームの孤児達の教育のために1953年には学校法人聖ステパノ学園を創立し1962年にはブラジルのアマゾン川流域の開拓を始め、聖ステパノ農場を設立し孤児院の卒園生が数多く移住しました。
 
敗戦国における占領軍によるしわ寄せはどこの国でも占領兵士の子を妊娠した女性たちにのしかかってきます。悲惨な敗戦国の陰の部分を博愛精神によって支えた沢田美喜氏に敬意を表します。
 
 
本日ご紹介の患者さんは頬骨の幅を抑えてミッドフェイスを持ち上げたいとのご希望にてカウンセリングの結果、一期的に骨膜下操作で行える頬骨アーチリダクション、ミッドフェイスリフト、鼻翼基部(ほうれい線)プロテーゼをご提案させていただき最終的に患者さんのご判断の結果頬骨アーチリダクション(頬骨弓前後骨切り術)、ミッドフェイスリフトをお受けになられた患者さんです。
 
上段:術前です。
下段:術後4カ月再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
頬骨切りに関しては「満足」とのことでしたがミッドフェイスリフトに関しては効果がいまひとつ感じられず「やや不満」とのご感想でした。
 
次回、ミニリフトと脂肪吸引をご希望されましたのでその際は必ずや一美容外科医の矜持にかけて今度こそ御満足いただける結果を出すべく全力を尽くすことを誓います。
 
 
先日お心遣いをいただきました。


キャビアチョコレートでした。
深謝いたします。 どうか御気を遣わないでください。

2009−02−01

今日は52年前に悲しきジラード事件が起こった日です。
 
1957年年1月30日、群馬県相馬が原で、立ち入り禁止区域のアメリカ軍射撃練習で出る薬莢を拾っていた日本人主婦がいました。当時の日本はまだまだ貧しく射撃演習場ででる鉄くずを拾って生活していた基地周辺の人々が多くいました。彼女の背後からジラード特務二等兵が「ママさん大丈夫?」と呼び寄せ10メートルの距離から発砲し、主婦は即死しました。
 
最初米軍は日米協定をもとに米軍に裁判権があると主張しましたが大東亜戦争敗戦後、虫けらのごとく日本人の命をみなす米兵の諸行為に業を煮やしていた日本の世論は「明白な殺人行為にまで治外法権を認めなければならないのか!」と沸騰しました。
米国に住むジラードの家族が「裁判はアメリカでやるべきだ」と訴えを起こしましたが結局、ジラードは、日本で傷害致死罪で起訴されました。
しかし懲役3年・執行猶予4年の有罪判決を受けただけでした。これに対しては日本の検察側は控訴せず、ジラードは米軍を不名誉除隊した後、日本人女性と結婚し米国に帰国しました。
この主婦の遺族に支払われた米軍からの見舞金はわずか62万円でした。
 
その後も日本の各地で同様の事件はおこり1958年の時点で駐留米軍による日本人の被害件数は正式に届けられたものだけでも9998件にも及んでいます。
 
被占領国家の辛酸は加害国は都合が悪いから、被害国は屈辱のため忘れ去ろうとします。
 
52年前の駐留米軍による狼藉行為の結果一命を失われた坂井なかさんのご冥福をここにお祈りします。
 
 
本日ご紹介の患者さんは顔面変形に対しルフォーⅠ型骨切り術(LeFortⅠ型骨切り術)≒上顎骨切り移動術、下顎骨骨切り術(IVRO+SSRO)(恩賜財団 済世会横浜市南部病院にて)をお受けになられた患者さんです。
 
術前です。
術後です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
すなわち術前の咬合は下顎が突出しており、正中があっていません(skeletalⅢ,dental classⅢ,midline deviation)。
この状態は顎変形症であり顔面の骨格から治療しなければ笑顔が美しくなりません。
矯正歯科、口腔外科のコラボレーションによって術前矯正、術後矯正を行うことによって自己の正しい咬合を回復し健康的で美しい表情を得ることができます。
 
輪郭手術のご相談において咬合の問題がある場合は私のモットーは「健康的に美しく」なので私の美容外科をご理解してくださる矯正歯科、口腔外科に紹介または共同治療を行うようにしています。
 
私が患者さんに紹介する矯正歯科および口腔外科の先生は私が一流の先生を探し求めて数々の先生方の紹介の紹介からたどり着いた先生方であり何十〜何百時間も臨床の現場を一緒にさせていただき私自身の目でその腕の確実さを確認させていただいた結果実際に一流の腕をもつことを保証できる先生方です。(私の外科医としてのモットーは「その臨床医のほんとうの臨床の腕は一緒に汗をかかないとわからない」です。今までの自分の外科医としての経験から肩書きや経歴では実際の臨床の腕はわからないと考えています)
 
しかも自由診療も廉価に行ってくださる先生方です。 
また顎変形症の場合は健康保険がきくケースもあります。
 
輪郭、咬合を複合的にお悩みの場合はご相談いただければ幸いです。
 
 
P.S. 昨日御入院して骨切り手術を受けられた方へ
こんな感じで私は十分イメージして執刀しましたので安心してください。


無事退院して再診にいらっしゃることをお待ちしております。

2009-01-30

私が輪郭のカウンセリングを行った覚えのある患者さんが先日ひさしぶりにクリニックへいらっしゃいました。
「先生のところで何か月もずっと(輪郭)手術をキャンセル待ちしていたのですがとうとう待ちきれなくて某クリニックで手術をうけてしましました。 今日はその修正の相談です。」とのことでした。
 
右えらがエグれている容貌のあまりの事態の異常さにレントゲンを撮り精査することとしました。
まずレントゲン写真をじっくりみてみましょう。
●側面象です
●オルソパントモグラフィーです (パントモグラフィーとはあごのX線画像をあたかも骨を切り開いたかのように平面に撮影する撮影方法です)
何かおかしな点にお気づきになられたでしょうか?
 
わかりやすく左下顎縁を水色で、右下顎縁を赤色で縁取ってみました。
パントモグラフィーです。 下顎角部の縁を赤色で、そして下顎角部の骨幅を緑色でラインをひいてみました。 Rと書いてある方がRightすなわち右側です。
右側の角部が削られすぎ下歯槽神経管が露出・損傷していることが強く疑われる所見です。
実際右オトガイ神経領域に知覚異常を生じてらっしゃいます。
 
以前ご紹介したエラの削られすぎケースである ケース1およびケース2も右側のエラでした。 
 
ここで執刀した医師を責める気はありません。 執刀医は最善を尽くすべく努力されたはずであり、また、それぞれの事情があったはずであり、「後医は名医」の格言どおり後医である私が前医の言い分を検証せずに批判することは卑怯ですらあるからです。
 
ただこの手術をお受けになろうと考えていらっしゃる方々には手術を受ける前に熟慮していただきたいと思います。 安易な宣伝等にのせられてはいけません。 医療行為は必ずなんらかの合併症が生じる危険性がある行為であり安易にメスをいれることは厳に慎むことです。また特に美容外科においては執刀することにより医師に利益がはいるため残念ながら必要ない手術まで勧められる可能性も十分あります。
 
 
エラ削りの危険性は以下の加齢に伴う下顎骨の変化の図を参考にしてください。
上段:青年期例
下段:老年期例


よく「可能な限りがっつり削ってください」とお願いされる患者さんがいますが、下顎骨は加齢により歯槽骨が吸収され将来骨自体がやせ細る可能性が十分あるため過度に下顎骨を切除することは骨折の危険性や歯を逸失した際にインプラント義歯を植立する際の母床骨の不足等の危険性の増大につながります。

一期一会で出会った患者さんには健康的に美しくなっていただきたい私としてはどうしても手術をご希望されるのであれば「がっつり」ではなく「最適な骨切り量」で手術を受けていただきたく思います。

しかし何が最適な骨量かは正確な医学的定義を理論的かつ科学的に数値で示せといわれるとそれは難しいです。 輪郭の美容外科手術は現ライフクリニック院長の勝間田先生が約20〜30年前に十仁病院時代に始めたのが始まりであり真の長期成績(20歳時に美容外科的骨切り手術をして70歳時に健全な下顎骨を保てているか)は日本人医師は誰も知らないはずです。
しかし20年以上の美容外科領域における経験の蓄積はそれなりの最適骨量と思われる骨切りを行う骨切り術の練成に寄与しています。 私がライフクリニックの勝間田先生をお勧めするのは以上の理由であり、勝間田先生の薫陶を受けることができたのは幸甚の至りだと思います。今後ともより安全で人々の幸福に寄与する美容外科医術の練成に努めていきたいと思います。


今回の患者さんに関してはまずは前医での加療をお勧めしましたが、どうしても私の治療をご希望されるのであれば私なりに最善を尽くし正常容貌の回復の一助になるよう努めていきます。

2009-01-27

本日ご紹介の患者さんは約一か月前に顎骨骨切り術、約8か月前にエラ骨骨切り術、頬脂肪吸引、鼻翼基部プロテーゼ術をお受けになられた患者さんです。

 

上段:術前です。
下段:エラ骨骨切り術8ヶ月後、顎骨骨切り術1ヶ月後再診時です。
(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)


下顎縁を触れてみると右えらと右あごを骨切りした間の骨と凸が軽度触れるのが気になるとのことでした。ちょうどオトガイ神経真下の部分で神経保護のため多くは骨切りできない部位です。
外観上第三者はわからないので手術で生じ得るリスクと手術で得られる利益を天秤にかけると外観上問題なければお勧めはできませんがどうしても術後半年経ても気になるようでしたら同部位をもう少し削りましょう。 

顎はまだ術後1ヵ月なのでやや腫れています。
輪郭手術の完成は約半年後になります。

2009-01-22

本日ご紹介の患者さんはかつて他院にて下頬の脂肪吸引をされた既往があり、頬骨の出っ張った感じや頬骨と吸引した頬との間の段差が気になるということでゴツゴツした感じをたまご型のようなすっきりしたい、および鼻と唇が離れ気味なのを改善したいとのご希望にてカウンセリングの結果、頬骨再構築法、頬骨前方削り、鼻柱下降術を今回お受けになられた患者さんです。
 
左:術前です                              右:術後約3週間再診時です
(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)


頬骨前方削りを行うために上顎部分の口腔粘膜を切って頬骨の方にアプローチしている関係上術後しばらく上口唇の一部がしびれることがあります。本患者さんも右のほうが一部感覚が低下した感じがあるということですが徐々に改善していくでしょう。 
輪郭はまだまだこれからしまっていくでしょう。 順調な経過です。

私の行う頬骨再構築法のデメリット
1.効果がありすぎて希望よりも凹んだ状態に感じる場合がまれにあります。 その際は脂肪移植等のメンテナンスが必要になるかも知れません。
2. 顔面神経側頭枝麻痺(おでこに皺を作ることができなくなる)の可能性があります。
  現在半永久的に麻痺が残った方はいませんが改善まで最長8ヶ月を要した方がいらっしゃいます。

頬骨前方削りのデメリット
1.眼窩下神経支配領域(上口唇)の一部に術後しばらく(通常数か月)違和感や感覚の低下が生じる場合があります。 
2.削りすぎると頬の高さがなくなり若々しさが失われ老けた感じになる可能性があります。
  欧米では頬前方から側方にかけてがのっぺりしている人が多くここにプロテーゼを留置
  する手術のニーズが多いようです。 
  日本では逆に削ってほしいとご希望される方が多い印象です。

2009-01-14

本日ご紹介の患者さんはルフォーⅠ型骨切り術(LeFortⅠ型骨切り術)≒上顎骨切り移動術、下顎骨骨切り術(Bil SSRO)(恩賜財団 済世会横浜市南部病院にて)をお受けになられた患者さんです。
 
左:術前正面です                  右:術後正面です
(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
左:術前側面です                  右:術後側面です
(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
美容外科的にのみにて治療を求められれば上顎プロテーゼと顎骨骨切り術で上記術後写真に近い状態を得ることはできますが根本的な違いは以下の写真をみればわかります。
術前の咬合です
術後の咬合です



すなわち術前の咬合は下顎が突出しており、正中があっていません(skeletalⅢ,dental classⅢ,midline deviation)。
このままの状態で美容外科手術のみで姑息的に外見だけ整えても笑顔が美しくなりません。
矯正歯科、口腔外科のコラボレーションによって術前矯正、術後矯正を行うことによって自己の正しい咬合を回復し健康的で美しい表情を得ることができます。

輪郭手術のご相談において咬合の問題がある場合は私のモットーは「健康的に美しく」なので私の美容外科をご理解してくださる矯正歯科、口腔外科に紹介または共同治療を行うようにしています。

私が患者さんに紹介する矯正歯科および口腔外科の先生は私が一流の先生を探し求めて数々の先生方の紹介の紹介からたどり着いた先生方であり何十〜何百時間も臨床の現場を一緒にさせていただき私自身の目でその腕の確実さを確認させていただいた結果実際に一流の腕をもつことを保証できる先生方です。(私の外科医としてのモットーは「その臨床医のほんとうの臨床の腕は一緒に汗をかかないとわからない」です。今までの自分の外科医としての経験から肩書きや経歴では実際の臨床の腕はわからないと考えています)

しかも自由診療も廉価に行ってくださる先生方です。 
また顎変形症の場合は健康保険がきくケースもあります。

輪郭、咬合を複合的にお悩みの場合はご相談いただければ幸いです。

2009-1-11

今日は紀元前49年ガイウス・ユリウス・カエサルが有名な言葉「賽(さい)は投げられた」共にルビコン川を渡った日として有名な日です。
 
人生には渡った以上突き進まねばならない「ルビコン川」が幾度かあります。
 
 
本日は頬骨再構築法をお受けになられた患者さんの症例紹介です。
 
内容は頬骨(きょうこつ)の張りを減少させる手術となります。
 
この頬骨の張りを減少させる方法として大きくわけて3種類あります。
 
1.頬骨を削る方法・・・・・ まさに頬骨削りの文字通りの方法です。 特殊な電動機械を用いて頬骨を削りますが削り幅はあまりたいしたことはなく頬骨のでっぱりが強めの人には適しません。 もちろん時間をかけて削れば削り幅を増やすことは不可能ではないですがモーターが焼け付く可能性があるため削り幅に限度があります。
 
2.頬骨弓を切り落とす方法・・・・ 多くの形成外科医が行う頬骨弓に対する術式です。頭頂部より頭皮を剥がして頬骨にアプローチするか、口腔内と耳前部よりアプローチし頬骨弓を切り落とす方法です。 
 
3.頬骨弓の形態そのものを再構築する方法・・・・ ライフクリニックの勝間田先生が昭和50年後半から60年前半にかけて十仁病院にて研究開発された手術法で頬骨を細分化して再配列、再構築する方法です。 
他の方法で効果がなかった多くの患者さんがこの方法を求めて勝間田先生のところへいらっしゃっています。
 
 
本日ご紹介の患者さんはカウンセリングの結果3.の頬骨再構築法をご希望され手術をお受けになられました。
 
上段:左:術前です                   右:術後一週間抜糸時です。
下段:術後5か月再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)
頬骨の横の張り出しの改善は満足だけどななめ前からみた頬骨の張り出し(下写真赤線強調部をもっと削りたいとのご希望でした。
 
左:術前です                       右:術後5か月再診時です


赤線強調部分の突出が気になるとのことで「そぎ落としてほしいくらい」とのことでした。 これ以上削ったら私は変だと思うのですが頑として「削る!」といっていうことを聞いてくれません。

堪忍してほしいなぁ・・・ と思うのですがどうしてもというのなら再びメスを握ります。

でも再度よく考えてください。  貴方の風貌は貴方自身が思い悩むほど悪くありません。
数年経てば「何故あんなことで悩んでいたのだろう」と思うかもしれません。
美容外科手術は魔法ではありません。 希望しない形態、感染、創、その他合併症など起こりえる危険性が必ず存在します。安易な手術は厳に戒めるべきです。 
若い時の楽観的予測は人生の新たな道へ開く扉にもなりますが、事態が希望に叶わなかった時は深い心の傷を負う転落への扉にもなりえることを重々考えてください。



私の行う頬骨再構築法のデメリット
1.効果がありすぎて希望よりも凹んだ状態に感じる場合がまれにあります。 その際は脂肪移植等のメンテナンスが必要になるかも知れません。
2. 顔面神経側頭枝麻痺(おでこに皺を作ることができなくなる)の可能性があります。
  現在半永久的に麻痺が残った方はいませんが改善まで最長8ヶ月を要した方がいらっしゃいます。

2009.1.10

今日(平成21年1月3日)は日本と中国間の東シナ海のガス田問題で、日中両政府が平成20年6月に共同開発で一部合意し、継続協議の対象として両国が現状を維持するべき「樫(かし)(中国名・天外天)」で中国が新たに掘削を行っていたことが判明した日になります。
 
 
 
本日は頬骨再構築法をお受けになられた患者さんの症例紹介です。
 
内容は頬骨(きょうこつ)の張りを減少させる手術となります。
 
この頬骨の張りを減少させる方法として大きくわけて3種類あります。
 
1.頬骨を削る方法・・・・・ まさに頬骨削りの文字通りの方法です。 特殊な電動機械を用いて頬骨を削りますが削り幅はあまりたいしたことはなく頬骨のでっぱりが強めの人には適しません。 もちろん時間をかけて削れば削り幅を増やすことは不可能ではないですがモーターが焼け付く可能性があるため削り幅に限度があります。
 
2.頬骨弓を切り落とす方法・・・・ 多くの形成外科医が行う頬骨弓に対する術式です。口腔内と耳前部よりアプローチし頬骨弓を切り落とす方法です。 
 
3.頬骨弓の形態そのものを再構築する方法・・・・ ライフクリニックの勝間田先生が昭和50年後半から60年前半にかけて十仁病院にて研究開発された手術法で頬骨を細分化して再配列、再構築する方法です。 
他の方法で効果がなかった多くの患者さんがこの方法を求めて勝間田先生のところへいらっしゃっています。
 
 
本日ご紹介の患者さんはカウンセリングの結果3.の頬骨再構築法をご希望され手術をお受けになられました。
 
上段:術前です。
下段:術後1か月再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)


「今のところそこまで変化を感じていません」とのことでした。
頬骨再構築法は最終的な完成は術後約半年を要します。
だんだんと腫れがひき周囲の人に知れずに頬骨部の顔幅が狭くなっていきますので気長にお待ちください。

私の行う頬骨再構築法のデメリット
1.効果がありすぎて希望よりも凹んだ状態に感じる場合がまれにあります。 その際は脂肪移植等のメンテナンスが必要になるかも知れません。
2. 顔面神経側頭枝麻痺(おでこに皺を作ることができなくなる)の可能性があります。
  現在半永久的に麻痺が残った方はいませんが改善まで最長8ヶ月を要した方がいらっしゃいます。

2009-01-03

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