お気軽にお問合せください

営業時間:自費診療 11時~翌2時
保険診療(平日のみ)13:00~18:00

03-5361-6855
03-6730-2751

エキサイトより「エキサイトブログでは、規約に反する内容(アダルト関連ならびに不適切な内容や表現を含む)は投稿できません。」と通達がきて削除されました。 医学でありアダルト関連ではないのですが・・・
なぜごっちゃにするのでしょうか。 そのような社会的偏見が後述するように美容外科の分野においてもあまり学術的に検討されてこなかった原因です。写真は二度の訂正を入れました。

今日は1942年にフィリピンのコレヒドールに司令部を置いていたダグラス・マッカーサー将軍が日本軍の攻撃に耐え切れずオーストラリアへと逃れた日となります。


本日ご紹介の患者さんは小陰唇縮小形成、陰核包皮縮小形成、肛門美容外科をお受けになられた患者さんです。

上段:術前です。
下段:術後約3ヶ月再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)

11d0092965_1945295.jpg

外性器と肛門が他人と異なる気がするということでご相談を受け診察したところ、女性外性器は左右のPraeputium clitoris(陰核包皮)の横の部分(Sulcus praeputiolabialis からSulcus nympholabialisにかけて)にLabia minor(小陰唇)に連なる余剰皺壁が存在しており、右のLabia minor(小陰唇)は外側方に過剰発育しており左右の不均衡を呈していました。

すなわち右の小陰唇が大きく発育し本来の陰核包皮の外側に異常形態の一種である特殊なヒダが存在しておりそれが小陰唇につながっていました。

また肛門は7時の方向に内痔核と外痔核が連続した混合痔核として脱出していました。

よって外性器に関しては余剰粘膜が存在するとその皺壁間に恥垢(smegma)が溜まりやすく不潔になりやすいのと外観上の改善のため両側小陰唇縮小形成術および陰核包皮縮小形成術を行いました。

肛門に関しましても疼痛や出血がなくても機能的にも外観的にも肛門が一部脱出しているのは問題があるため痔核の切除と共に肛門美容形成術を行いました。

口腔から肛門までの領域は人体の栄養の摂取、排泄をつかさどる非常に重要な経路ですが痔を始めとする肛門領域の治療に真面目に取り組む医者は他の領域の医師達から蔑視される傾向が歴史的にありました。イギリスでは肛門科医を pile doctor という蔑称で呼ぶ医師たちがいました。 
外性器の形態も猥褻性とのからみからか取り扱う医師が蔑視される傾向にあり今まで美容外科の分野においてあまり学術的に検討されてきませんでした。よって解剖学的anomaly(異常)(Sulcus praeputiolabialis からSulcus nympholabialisにかけての余剰皺壁など)を正常構造に戻すことなくただ単に小陰唇を小さくするといういい加減な手術が巷で多数行われてきました。 外性器や肛門は美容外科領域でも評価されない分野になりますが人目につかない箇所でも悩める人には大変な問題であり手を絶対抜かないのが外科医として大切だと思います。

Charles・H・Mayo
4.「専門家とは、より少ないものについてさらに知識を増やしていく人のことである」という定義は適切であり真実です。このことから、専門家は仕事を効率よくこなすために、その専門分野の属する全体を象徴する人たちと何らかの関連を持っていなければなりません。
William・J・Mayo
4.患者の命を延ばすことと同じように、患者の幸福を保障することは、やりがいのあることです。

2007-03-11

今日は102年前の1905年に日露戦争の奉天会戦で日本軍が勝利した日です。それを記念して陸軍記念日が制定されました。 62年前の1945年 のこの陸軍記念日に 東京大空襲 が米国によりなされました。8万人以上(10万人ともいわれる)が犠牲になり、焼失家屋は約27万8千戸に及び、東京の3分の1以上の面積(40平方キロメートル)が焼失しました。
爆撃の方法も日本家屋を焼き国土を焦土とするため焼夷弾(しょういだん)を用い左右を先に爆撃して炎の壁をつくり、その間に避難して炎に挟まれた群集を、後続の爆撃機でその炎の壁の間を爆撃して焼き殺すという戦法が採用されました。この東京大空襲で余った焼夷弾を落としていった空襲が平空襲(たいらくうしゅう)(福島県いわき市平)となります。 この平空襲では材木町、鍛治町、研町、紺屋町、梅本一帯が焼かれ死者12名、家屋500戸以上が炎上という被害がでました。

この一連の民間人無差別大量虐殺の立案、指揮をしたのが第21爆撃集団司令官カーチス・エマーソン・ルメイいわゆる鬼畜ルメイとなります。
大東亜戦争終戦後ルメイは戦略爆撃に精通し、また日本の防空体制の弱点(夜間防衛)を把握していたため日本の航空自衛隊創設に関与。1964年その功績により、日本政府より1964年勲一等旭日大綬章を授与されています。

第21爆撃集団司令官の前任者ヘイウッド・ハンセルが軍事施設にポイントをなるべく絞って精密爆撃を行っていたのに対し後任のルメイは無差別大量虐殺日本焦土作戦を行ったのにもかかわらずルメイに対し勲一等旭日大綬章を授与した当時の日本政府の判断に首を傾げざるをおえません。
国辱的行為だと思います。

さて今日は鼻尖縮小術(オープン法)をお受けになられた患者さんのご紹介です。
上段:術前です。
下段:術後一週間抜糸時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)

1d0092965_1440516.jpg

鼻先を下げたいとの希望があったため鼻翼軟骨の移植を最初検討しましたが、鼻翼軟骨がよく発達しておりオープン法にて視野が良かったため一般的な鼻翼軟骨の移植ではなく(一般的な移植方法:軟骨を段々重ねにして一塊にして移植する方法は鼻先のシャープさを出しにくいのと鼻先の下げ幅が少ないという欠点があります)特殊な軟骨形成操作を行い鼻先を下げています。

昨日差し入れをいただきました。

2d0092965_14402046.jpg

パール柑でした。 ありがとうございました。 深謝いたします。

Charles・H・Mayo
3.私がここで書いているのは、原則や理屈で頭がいっぱいの人のためではなく、技術や方法に関心を持っている人のためです。
William・J・Mayo
3.アメリカの医療体系はあまりにも幅広く多彩で、これが国中共通のものであるとはいい難いのです。しかしアメリカにおける医療には科学的精神があり科学に国境はありません。

2007-03-10 

1942年 の3月9日はインドネシアのオランダ軍が日本に降伏した日になります。 17世紀のオランダ東インド会社の覇権から始まるオランダによるインドネシアの支配はこの日をもって瓦解しました。
日本はインドネシア独立の指導者であるインドネシア人を獄中から救出し祖国防衛義勇軍(ペタ)を編成させ独立戦士を養成させ、高度の軍事教育を施しました。1945年、日本が降伏すると独立派は独立宣言(なおこの独立宣言の日付には西暦ではなく、日本の皇紀が採用されています。)を行い、独立宣言を黙殺し再植民地化を狙いインドネシアに戻ってきたオランダ軍とインドネシア独立戦争を戦いました。 この戦いを題材にした映画がムルデカ(インドネシア語で「独立」という意)(東宝映画)になります。

さて本日ご紹介する患者さんは下瞼のたるみとり、しわとりの手術をお受けになられた患者さんです。
上段:術前です
下段:術後一ヶ月です(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)

1d0092965_12504198.jpg

上瞼まで波及した腫れが多少残存していますがじきによくなります。
しかし下瞼のたるみがなくなったらこんどは上瞼のたるみが気になり始められたそうで手術もお考えになられているとのことでした。

メイヨー兄弟の格言
Charles・H・Mayo
2.外科に求められている二つの基本原則
  今何をしているのかをよくみて理解する
  患部以外に手を触れない
William・J・Mayo
2.メイヨークリニックが目指すべき主要な目標は病む人のケアであるという本質を見失うことは私たちには決して許されませんでした。

2007-03-09

今日は二の腕の脂肪吸引および側腹部脂肪吸引をお受けになられた患者さんのご紹介です。
上段:術前です。
下段:術後約3ヶ月です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)

d0092965_19401361.jpg

順調な経過です。

さて最近日々が怒涛のごとく過ぎていきます。
日々に流されないために自分のために自分が知りたかったことをちょっとずつメモさせていただきます。
米国にメイヨークリニックという世界一と評される病院があります。歴史はイギリス出身の外科医であるDr. WW Mayoが1863年、南北戦争で傷ついた兵士たちを治療する施設をミネソタ州のロチェスター市につくったことから始まります。1880年代には彼の息子たちチャールズ・H・メイヨーとウィリアム・J・メイヨーが外科医として加わり現在のメイヨークリニックの基礎を作り上げました。俗に言われるメイヨー兄弟とはこの二人の医師になります。
彼らのの珠玉の知恵を学ぶため格言集を一日ちょっとずつ味わっていきたいと思います。

Charles・H・Mayo
1.20世紀において進歩のもとになるのはシステムと組織、いい換えればチームワークである。
William・J・Mayo
1.外科手術というものは、手先の器用さにかかわるものであるというよりも精神的把握力により関わるものである

2007-03-08

先日ご紹介した唇縮小の患者さんからメールがありましたのでご紹介します。
患者さんより
「唇の方は未だに変化しているようで、 残念ながら突如口角に現れた青い糸の抜糸以降 に更に変わりました。 段々と硬さも取れ、より自然になってきました。 厚ぼったくて重かった唇が手術したことにより、すっきりして軽やかに なり、とても快適な状態です。 本当にありがとうございました。 先生に依頼されたブログも拝見しましたが何か唇が全くなく見える写真 で、とても変に思いましたが実物は全然違います。 写真写りも関係しているのでしょうか。。。 偉大な先生のほんの僅かな歴史に残れたみたいで良かったですが、 先生は大変心配していたようで、心配かけて申し訳ありませんでした。」

私より
「唇の写真に関しましては確かにかなり薄 くて変にみえるかもしれません。もしよろしければ○○さんのこのメールの文章を一 部ブログに載せさせてください。 読者に写真が実物と違うことを説明します。(も ちろん○○さんの名前等は一切だしません。) 」

患者さんからの返信
「了解致しました。
また、先生の病院が落ち着いた頃(いつ落ち着くか私は知りませんが。。。)の半年検診の時とかに 完成した状態をブログに載せるのも読者にとっては良いことだと 思います。ブログの写真は、腫れで唇が硬くなっているために唇の 赤い部分がライトの関係でテカッテしまって唇の色素が薄く見えている(特に下唇)だけだと思います。 写真では下唇の方が薄く見えていますが、実物は圧倒的に下唇の方が厚いですし。。。 なにしろ唇形成は場所が場所なだけに術後の腫れが酷くて食生活で 大変でしたので、自然な状態に完成するのにはまだ時間を要すると思います。 自分は目が小さいので顔のバランス的に唇が小さいほうがベターであると思いますので、 自分はこの手術を受けて、見た目も唇が軽くなって、すっきりした事による内科的な快適感等において大金(個人的には大金という意味です。。。)を払って術後の苦しみに耐えてきた甲斐があったと 思います。 」

さて 患者さんからのメールで偉大な・・・というくだりですが偉大でもなんでもありません。 一無名美容外科医なのであしからず。

写真というのは写り方や事象の一面しか反映しませんので今回のように患者さんにとって実際とは全く違う!ということが生じることもあります。

執刀医としては写真の写り方うんぬんよりも結果として患者さんがより快適になってくだされば幸甚です。 今回は写真をご提供してくださった患者さんの不名誉の挽回のためにもメールをご紹介させていただきました。

そういえば予備自衛官の資料が届きました。
「予備自衛官になると今後一生涯 文民扱いにならず内閣総理大臣には将来なれなくなるのでしょうか?」と質問して資料請求した住所にはまったく音沙汰がなく質問をしないで再度資料請求をしたクリニックの住所には届きました。

ちょっと自衛隊の対応に寂しさを感じますが最初の時の資料請求時には何かの手違いで資料請求がうまく担当者に伝わらなかったのだろうと思うようにしています。


さて今日は乳頭縮小術をお受けになられた患者さんのご紹介です。
私が主に行う乳頭縮小術の手術法を列挙すると
1.楔<セツ(ケツ):くさび>状切除法:上部を楔<セツ(ケツ):くさび>状に切り取り縫合する手術になります。長所は壊死等のリスクはほぼない点ですが短所は乳管が閉じてしまうことです。(授乳時にまた来院していただければ通管させることは可能です)
2.Lewis法: 基部をドーナツ状に切り取り上部をケーキカット状に部分切除しサイズダウンをする方法です。 長所は乳管が温存される事です。 短所は基部が細くなる分壊死のリスクが起こりえる点です。 
3.単純切除縫合法: 単純に切除したり縫合する方法です。 長所は乳管が温存され壊死のリスクもほぼない点 短所は上記2法と比較しガーゼ交換に頻回に来院していただかないといけない点です。

今回ご紹介の患者さんは単純切除法でお受けになられました。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています。
上段:術前です。
下段:術後約3週目再診時です

1d0092965_210920.jpg

順調な経過です。

お心遣いをいただきました。

2d0092965_210218.jpg

いちごとこっこ饅頭でした。 ありがとうございます。深謝いたします。

2007-03-07

上段:術前です。
中段:術後約10日目再診時です。
下段:術後約1ヶ月目再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)

1d0092965_221134.jpg

今回は腹部より400cc脂肪を採取し左右200ccずつ移植しました。

脂肪細胞を200cc以上(例えば300ccずつ等)移植すれば術後見栄えがよくなるのですが、やはり可能な限りしこりや石灰化の合併症の発生確率を抑えるために上限を200ccとして何回かにわけて除々に大きくする手法を私はとっています。

しっかりと定着しますように!

お心遣いをいただきました。

2d0092965_223374.jpg

七福神せんべいでした。ありがとうございます。


お心遣いをいただきました。


3d0092965_224886.jpg
4d0092965_252920.jpg

パンでした。 ありがとうございます。 皆様に深謝いたします。

2007-03-06 

最近、私がする手術に対して「なんでそんなに安いんですか? 安すぎて不安なんですが・・・」とよく聞かれます。

以前私がレジデントをしていた病院で救急部をローテーションしていたときにO先生という先生がいました。
その先生は愚痴ひとついわず朝から晩まで連日働きその博識さには私は度肝をぬかれていました。
救急部ですから事故等で運び込まれた人々が連日のようにお亡くなりになります。 人が亡くなるとき多くの場合は血圧が下がっていきだんだんと心臓の脈拍の間隔が伸びていって最期に心停止に至ります。 そして医師が瞳孔の対光反射、自発呼吸の有無、心臓の鼓動の有無を確認してそれらがないとなるとご臨終を告げることになります。 そしてなぜかお亡くなりになられるときは明け方ちょっと前が多いのです。
「この方はもうすぐ亡くなるな・・・」と大体の予想がつきますが脈が序々に伸びていって最期の心停止に至るまで時間がそれなりにかかりますから担当医は気を配りつつも心停止間際になるまで他のさまざまな仕事をしていることがほとんどです。
しかしO先生は夜中だろうと明け方だろうとずっと家族と共に患者さんに付き添いご臨終をみとっていました。 「先生、私が診ていますのでしばらくお休みになられたらどうですか?」と声をかけても「いや、いい。」 と動きません。

ある日彼に尋ねました。「先生、なぜずっと付き添っているのですか? 連日これだけの業務をこなしてクタクタのはずなのにいつ先生は寝ているのですか?」
彼は一言私にこう答えました。「世の中に僕みたいな医者が一人ぐらいいてもいいだろう。」

多くの医師に出会いましたがあれだけ博覧強記で名声を一切求めず自己を飾らず目の前の患者さんに全てをささげることができた医者は彼をおいて他はいませんでした。

日本全国には彼のような実直な医師達が散在していて医療現場の最前線を支えているのだと思います。 

そのような先生達の給与は労働時間とその責任と比較すると薄給だと思うのですが美容外科の求人を医療情報誌でみるとたいていそのような大変な科より給与が高めです。
美容外科は他科にくらべて急患が少なく、当直もなく、給与が高いとなれば一般的な感覚でいえば人気の科になるはずです。

しかし実際は人気がなくて人が集まらないから高額の給与を提示しているのが現実でしょう。

なぜ人気がないのか?  それは日本の医師達がまだまだマトモだからだと思います。 医師を目指した時の原点、病める人の一助となりたいという思いがあるからこそQOL(生活の質)の高さやお金だけでは動かない先生がまだまだ多いのだと思います。経験上マトモな医師ほど美容外科を胡散臭いものとして白い目でみる傾向にあります。 これは単なる偏見とかたづけられるものではなく実際美容外科側の問題がたくさんあります。 医師の脱税、不正請求、破廉恥な犯罪、シリコンジェル注入等による後遺症・・・マスコミに載るこれらの記事の中でなぜか美容外科医が多いのです。

今の日本の医療制度では保険制度のためどのような名医の処置でも保険組合から支払われるお金は凡医と一緒です。 しかし彼らの病気を治す技術や知識、経験が評判となり患者さんは集まってきます。 収入が増えるわけではなくともそれがやりがいとなり日本の一般の科の医師は頑張ります。

翻って日本の美容外科医はどうでしょうか? 

多くの美容外科手術の手技自体は実は一般の中堅どころの外科や整形外科、形成外科の医師が行う手術よりも難しくありません。 よく形成外科医が美容外科をやるのが適切という表記もみますが点滴用に静脈に針を刺すのに血管外科医が適切と表現するのと同じぐらい意味がないというかマトモな形成外科医にとってもいい迷惑だと思います。形成外科の医局によっては学会で美容外科のブースに近づいただけでも退局という医局があるぐらい美容外科がタブーな医局もあります。形成外科医が開業すると確かに開業医レベルでmicrosurgeryや皮弁移植等できないので勤務医からの天下り先として美容外科の領域を確保しておくというのは開業形成外科医にとっては大切な問題かもしれませんがそれは医師の生活の糧のために大切な問題であってまず第一に考えるべき患者さんのためではありません。

独立標榜科として存在する美容外科およびその恩恵を受ける日本国民のためにも私個人としては形成系、十仁系という枠組みを超えて美容外科学会が統合開催されてほしいのですがそれぞれの団体の権益争いのためにそうならないのが残念でなりません。

日本の美容外科の評判というのは美容外科手術に対する後ろめたさもあって公に語られることがありませんでした。 よって患者さんが選択するときの選択手段として宣伝広告に主に頼らざるを得ませんでした。
本来は患者さんは医師の技術を知り選ぶのが本来のあるべき姿ですが今までは誇大広告的な宣伝文句(広告で患者を集める=広告商法)や経歴(○○専門医との経歴で集める=経歴商法)、学位(○○博士との学位で権威付けて患者を集める=学位商法)、著作本(本を書いて宣伝する=バイブル商法)等しか患者さんが美容外科医を選ぶ判断基準がなく、美容外科医側もそれらを宣伝道具として患者集めをしていたのは美容外科の不幸な一面であったと思います。

しかし時代は変わりました。 今後はインターネットの普及と共に空虚な情報に基づいて医療機関が選択されるのではなく各々の美容外科医がインターネット上に晒した日々の臨床結果が閲覧、吟味される事により適切な医療機関が選択されていくことになると思います。この日本の美容医療を変えていくきっかけとなっていくであろう日々の臨床記録としてのブログへの写真提供をしてくださった患者さん方には深謝します。 一人一人のご協力が日本の美容医療をよりよい方向へ変えていくきっかけとなっていっていると思います。 将来、多くの美容外科医が日々の臨床を晒すようになった結果として今後私自身が美容外科医として淘汰されていくこととなっても全く後悔はありません。

美容外科手術はより自信と喜びに満ちた人生を歩む一助となれる幸福の医学である一面、人のコンプレックスや欲望に医療者側がつけこんでお金をむしりとることができる負の一面があります。

もちろん病気に対する医療も病気につけこんでお金をむしりとることのできる負の一面があるじゃないかといわれればそれまでですが、まだ日本の場合は保険制度のおかげで例え悪徳医にかかっても悪徳医は保険制度の悪用はすれども患者さんそのものの心理につけこんで患者さん自身から大金をせしめることは通常はないでしょう。

ところが美容外科に関してはそのような保護機構が働かないためコンプレックスや欲望の刺激され具合によって患者さん自身が大金をだしてしまうことになります。

私にとって美容外科は幸福の医学であり好きであってももやはり疾病を治す他科と比べればいくら美辞麗句を並べようとも医者の中では落ち武者の科だと思っています。

ただし落ち武者にも矜持(きょうじ)と美学があります。

人のコンプレックスやより美しくなりたいという欲望につけこむのは私の美学に反します。

幸福になるためにお役に立ちたいのであってつけ込みたくはないのです。

もちろん健全な医療の提供には健全な経営状態でないといけません。また希望する施術が高額で受けれない方々のためにも社会的に存在意義があるクリニックにする必要もあります。持ち出しになるわけにはいかないのですがそのためにもこの施術は値上げしてこの施術を値下げしよう・・・等スタッフからの提案等もおりまぜて可能な限り患者さんには施術を廉価で、勤務するスタッフには好待遇を提供することのできる医療機関になってくれればな・・・と思っています。 

全てを無から始めて自分が理想とする美容外科医療をダメもとでいいからやってみようと思ってやってきました。不審がる患者さんもたくさんいましたが少しずつご理解くださる患者さんが増えてきてくださってありがたく思います。

いつもあのO先生の「世の中に僕みたいな医者が一人ぐらいいてもいいだろう。」という言葉が頭をよぎります。

私が勤務するクリニックにはなぜかいい人々が集まります。 
いままでの病院生活では経験しなかったことです。自分でも不思議です。 よき患者さんとスタッフに囲まれ幸せです。

さて本日ご紹介の患者さんは鼻尖縮小術、耳軟骨移植術をお受けになられた患者さんです。

上段:術前です。
下段:術後一週間抜糸時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)

d0092965_23222697.jpg

鼻先を下げたいとのことで耳軟骨を利用し鼻先を下げるように移植しています。
順調な経過です。

差し入れを戴きました。

2d0092965_1551533.jpg

ありがとうございます。 深謝いたします。

2007-03-05

最近患者さんによく聞かれる質問として[傷はどのくらいで治るのですか?」と聞かれます。
何をもって「治る」と定義するかによってその答えは変わります。
一般的に
抜糸だったら約6日後
化粧でて人前にでれることをさすのなら手術の大きさや侵襲の程度にもよりますが抜糸後〜2週間後
肉眼的レベルの治癒なら約半年後〜一年後
顕微鏡レベルの治癒なら一年〜二年後
となります。

傷が治るのにはそれなりに時間を要します。 また治るまでの間、一時的にコラーゲン等増殖して傷が固く膨らんでくる時期もあります。

あせらず傷をいたわり根気よくケアしていくことが綺麗な傷の治りに重要になります。

さて今日は鼻尖縮小術、鼻中隔延長術、小鼻縮小術をお受けになられた患者さんのご紹介です。
2年前に他院にてL型プロテーゼおよび鼻尖縮小術をお受けになられていた既往があります。
その鼻尖縮小術では効果が感じられず、鼻先も下げて鼻孔を目立たなくしたいとのことで今回の術式の選択となりました。

上段:術前です。
中段:術後5日目です。
下段:術後7日目です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)

d0092965_2372649.jpg

鼻中隔延長術は鼻先を下げるにはよい手術なのですが移植した耳介軟骨や肋軟骨が将来変形してこないという保証がありません。
そこが欠点となります。
どうかきれいな鼻でずっといますように!

2007-03-04

今日は日本耳鼻咽喉科学会が1956年に制定した「耳の日」の日です。1948年に松江聾学校長だった今西孝雄先生が最初に発案したといわれています。

今日は電話機を発明したアレクサンダー・グラハム・ベルの誕生日でもありまさに「耳」の日と言えるかもしれません。

さて本日ご紹介の患者さんは鼻中隔延長術および鼻尖縮小術をお受けになられました。
上段:術前です。
下段:術後一週間抜糸時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)

1d0092965_22483232.jpg

鼻先が希望の細さより細いことを気にされていますがこれは序々に改善していきます。

本日差し入れをいただきました。

2d0092965_22494212.jpg

深謝いたします。

北海道のお土産とのことです。

3d0092965_2250458.jpg

「メタボリックなお土産ですが・・・」と一言添えられていただきました。中をみると確かに・・・・・。中性脂肪値の上昇にはよさそうです。
後で北海道出身のスタッフから聞いて知ったのですがこの中の「じゃがポックル」という商品は北海道では人気大爆発ですぐ売切れてしまう商品だそうです。 ためしに食べてみると・・おいしかったです。

ありがとうございました。 深謝いたします。

2007-03-03

今日はフェイスリフトのご紹介です。

フェイスリフトの手術は手術手技が多様であり術者の数だけ手術法があるとも言われる手術ですが基本は顔面の皮膚のたるみを改善する手術ということになります。

ポイントは皮を切って引き上げるだけではなくSMAS(superficial muscle-aponeurotic system)(略してスマスと呼ばれます)という顔面真皮の下にある筋繊維のネットワークをしっかり引き上げる、または骨膜下を剥離し引き上げて持続的な手術効果を維持することにあります。

今回ご紹介の患者さんは側頭部から耳前部、耳後部、後頭部までの切開を行い主に頬部から頚部にかけてのSMAS(スマス)フェイスリフト手術をお受けになられました。
上段:術前です。
下段:術後2.5ヶ月再診時です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)

d0092965_250934.jpg

頬のたるみ等改善され耳前の傷もほとんど目立たずj経過は良好です。ただし約20年前に他院で注入された液体シリコンが各所でしこりを形成をしており美しい顎下ライン等の最終完成はこれらのしこりを除去した後になります。
余談になりますが半永久的に残る液体注入物は何十年も経てから異常な硬結や腫脹をきたしてくることがあります。 美容外科の歴史としてかつてオルガノーゲンやシリコンジェル、ココナツオイル、ワセリン、パラフィン様物質などが注入され時間の経過とともに悲惨な状態になられた患者さんが多々いたことが忘れ去られてはいけません。
個人的にはいずれ分解される注入物(例えばヒアルロン酸やコラーゲン)以外は軟部組織に注入すべきではないと考えます。異物反応や感染が生じた場合、同じ異物でもシリコンプロテーゼは簡単に抜去できますが軟部組織に浸潤した液体注入物を完全に取り去ることは非常な困難を伴います。

よってアクアミドに代表されるような製品を私は使いません。

さて今日は差し入れをいただきました。

2d0092965_2503031.jpg

クッキーでした。 お心遣いに深謝いたします。

2007-03-02

今日は1932年 に満州国の建国が宣言され、その10年後の 1942年 にバタビア沖海戦で、日本海軍が連合軍艦隊に勝利し、インドネシア方面の連合軍艦隊が壊滅した日となります。

そのバタビア沖海戦の12年後の1954年3月1日に第五福竜丸が米国のビキニ環礁の水爆実験によって発生した多量の放射性降下物を浴び無線長久保山愛吉氏がこの半年後の9月23日に急性放射能症で死亡しました。現在は第五福竜丸は東京夢の島の第五福竜丸展示館に展示されています。

さて今日は鼻尖縮小術、鼻中隔延長術、小鼻縮小術をお受けになられた患者さんのご紹介です。
2年前に他院にてL型プロテーゼおよび鼻尖縮小術をお受けになられていた既往があります。
その鼻尖縮小術では効果が感じられず、鼻先も下げて鼻孔を目立たなくしたいとのことで今回の術式の選択となりました。

上段:術前です。
下段:術後5日目です。(写真は患者さんの快諾を得て供覧しています)

d0092965_2422336.jpg

順調な経過です。

2007-03-01

お問合せ・ご相談はこちら

受付時間
自費診療 11時~翌2時
保険診療(平日のみ)13:00~18:00

ご不明点などございましたら、
お電話もしくはお問合せフォームよりお気軽にご相談ください。

お電話でのお問合せはこちら

03-5361-6855

症例実績多数・新宿駅近く・夜間治療にも対応